カテゴリー 'その他' に関する記事のまとめ

2010.06.11 金曜日 [ Latest News, その他, サイエンス]

はやぶさとともに歩んだ人生~宇宙を志すにあたって~

本日は
・五月祭総括
・はやぶさ帰還
の二本立てです。

つぎに二本目
こちらはホットなニュースです。

■はやぶさ帰還
最近、やっと市民権を得てきた、小惑星探査機「はやぶさ」ですが、いよいよこのプロジェクトも終わろうとしています。
(はやぶさ広報ページはこちら
衛星紹介のページはこちら

僕がはやぶさと出会ったのはなんと、僕が中学一年生の夏休み。
なんと八年前にもさかのぼります!

当時はJAXAではなく、ISAS(宇宙科学研究所)という小さな組織でしたが、その中で最大限羽を広げて研究をしているんだな、という印象をうけました。
はやぶさ、という呼称はつけられる以前でMUSES-Cというコードネームでした。

暑い晴れた夏休み、中学の先生に連れられて(中学時代科学部に所属)ISASの相模原キャンパスの一般公開に行きました。
そこで、MUSES-Cに出会ったのです。
ちょうど、はやぶさの最終調整(?)に入っている段階で、クリーンルーム内での作業をしていたをの覚えています。

しかもはやぶさに搭載されたイオンエンジンの研究者とも直接お話しする機会もありました。
この時ほど、鮮明に宇宙開発を志そうと思った時はないくらいでしょう。
当時の日記が見つかりました!こちらから2002/7/27(土) 「 忙しい 」をご覧ください。)

当時は、燃料電池や太陽電池などの新エネルギー開発にもっとも興味を持っていた時代です。
小学生のころの漠然とした、宇宙への興味が次第に薄れていたころでしたが、これをきっかけに徐々に内面から盛り上がっていくのを実感しました。


はやぶさ打ち上げは翌2003年5月9日です。翌日に日記を書いたようですが、ちゃんとはやぶさを追いかけているようです。
「はやぶさ」打ち上げ

さらに、実はその夏休みに家族の帰省で鹿児島に行ったときに、鹿児島にある内之浦射場(種子島以外にもう一つロケット打ち上げ射場があるのです。現在は使用されていない。)に行ってきました。
旅行の日記
実は、この内之浦射場では、端から端まで見せていただき、なかでも射場や、管制室など特別な場所に沢山連れて行ってもらったのですが、
これは秘密だよ、と釘をさされてしまったので、日記に書けなかった、という思い出があります。
(写真は残っています。そろそろ公開しても問題ないころかな。)


そんなこんなではやぶさとともに宇宙開発の現場を見つめて(?)来たわけですが、受験などで忙しく、あまり宇宙開発に接する機会も多くありませんでした。
しかし、そんななか、宇宙開発系のニュース(JAXAのプレスリリースなど)は心の支えになりました。
特に、はやぶさや、東大中須賀研の打ち上げた超小型衛星などの情報は、いつも注意深くみていました。
どちらの衛星も、小型衛星、超小型衛星なので、どうしても機器のトラブルは発生してしまうものです。
しかし、そこでくじけずに運用を続ける姿勢にいつも感動していました。

はやぶさが、小惑星イトカワに到達したのち、制御不能になり、行方不明になってしまったとの情報を知ってからは、携帯の待ちうけをはやぶさのCG画像にしたくらいはやぶさを応援していました(笑)
地球から遠く離れたところにいる衛星が制御不能になれば、諦めたくなるものでしょう。
しかし、諦めずに知恵を絞ってプロジェクトをやりとおす姿勢、それに感動していたのを覚えています。

はっきり言って、僕にとっては小惑星イトカワに到達して、また飛び立って、制御不能になったものの、再び地球に向けて航行を始めた、ということをしり、とても満足でした。
そもそも、はやぶさに搭載されているイオンエンジンの推力はとても弱く、殆ど技術実証がされていない時代、それを搭載した衛星を作りしかも小惑星に到着したこと自体素晴らしいことなのです。

だというのに、そのはやぶさがついに帰ってくるのです!
帰り道もイオンエンジンの不調などでトラブルもありましたが、最後はクロス運転という最後の最後の切り札(?)で乗り切りました。

13日に、イトカワで採取したサンプルカプセルがオーストラリアに着陸します。
世の中の多くの人は、「小惑星の砂が入っているかな?」と楽しみにしているところですが、僕にとってはあまりに悲しくてなりません。
はやぶさ本体は地球の大気圏に突入し、燃え尽きてしまうのです。

しかし、そんなこともいっていられません。
これは、当初の計画の通りなのですから。
僕よりも、辛いのは研究者・技術者だと思います。
しかし、このはやぶさプロジェクトの苦しみや感動は、必ずや計り知れない影響力を関係者に与えるでしょう。
このさきがけ的な無人惑星探査&サンプルリターンプロジェクトの成功は、次やさらにその次の宇宙科学、というより科学技術全体に良い刺激になると信じています。

まだ、カプセルは地球に落ちていないので、あまり騒ぐのも良くないかもしれないですが、僕にとってはカプセル飛来はもはやおまけに感じてしまうほど、それ以外の部分でのはやぶさの成果がすさまじい、というわけです。
これだけの内容を、一つのプロジェクトに束ね、しかも負けず嫌いの精神(?)でプロジェクトをやり遂げた川口先生は僕にとっては(お会いしたことないのですが。)目標とすべき人だと思っています。
将来、研究者になるにしろ、社会にでるにしろ、粘り強く生きて行こうと思います。

2009.08.15 土曜日 [ Latest News, その他]

演劇

日記に書きたいことはたくさんある。
いつもだらだらしてしまって日記を書かず仕舞いになってしまう出来事が多々ある。
しかし、やはりなんといっても書かれなければならないことはすぐに書かれる必要がある。(いくつも書き忘れてはいるが)

久々にテレビを見た。
テレビの電源を入れたらNHK教育テレビが流れた。
どうやらNHKの芸術劇場のようだ。
「池波正太郎・初舞台化作品の見どころ」
という番組の放送がされていた。

一幕の途中から見始めたものの、結局ついさっき終了までこの番組に釘付けになってしまった。
最近の忙しさに忙殺され、日々を生活することだけに精一杯であった僕は最近、感動する心、というものを失いかけていた。
特に4月以降は酷く、演奏会に行ってもすごいなあ、と感じるだけで、感動しなかった。(感動することができなかった、と言うべきだろう。)
何事にも感動できず、あまり物事に自分の内面から前向きになることが出来ず、(外面では前向きであるかのようにしていたのだろうが。)自分自身どうしようもない状況であった。

そんな僕も今日で塾のバイト(夏期講習)は終わりとなり一時的に解放された身であったこともあるのだろう。
やっと本来自分があるべき姿に復帰できた気がする。

作品がすばらしかった。
どんな細かな所作も洗練されていた。(特に剣、杖の扱いや立ち振る舞い)
作品の随所にちりばめられた人生観にも圧倒された。

さまざまな要因があるのだろうが、完全に作品の世界に取り込まれてしまった。

久々に感動したような気がする。
心が洗われた気がする。

明日からは、どんなものに対しても感動することが出来る気がする。
今日はもう遅いので、明日からはこの感動を忘れず、僕自身随所に気を配っていきたい(生きたい)と思う。

2009.08.05 水曜日 [ Latest News, その他, サイエンス]

物理チャレンジ

今年の物理チャレンジは茨城県つくば市で開催された.
高エネルギー加速器研究機構(KEK)の宿舎に泊まり5時間にわたる理論試験,実験試験の開催をし,JAXAや産総研,KEKの見学などの見学会,フィジクスライブと呼ばれる研究者と学生の交流会などとても充実した三泊四日であった.

毎年毎年物理チャレンジは新しい取り組みを行い,面白くなっていっていると思う.
大会運営にあたって,物理学系の3学会の先生方や県庁の方の多大なバックアップがある中で,
今回僕は,大会に参加する中高生と共にに密着して3泊4日の生活をする学生スタッフ(班長)という立場で参加した.
去年も班長として物理チャレンジに参加したものの初めての班長ということもあり,思うようにいかなかった面もあった.
それに対し今年は,去年の反省も活かすことができ,さらに今回は事務的な面も含め新しい取り組みができ,満足している.

あまりに濃密な70時間強の時間は,日記に書ききれないくらいだ. でも自分に対しても,参加者にとってもいい経験になったと思う.
(日記に書ききれないのは,自分がちゃんと日記を更新していないからいけないわけだけど苦笑)

いま,物理チャレンジ第五回大会が終わったばかりだ.
徐々に,メンバーの世代交代が始まりつつある.
物理チャレンジを,常に活発なものにし続けるために,今後は下の代へとバトンタッチをしながら大会運営の手伝いをし続けていきたいと思っている.

せっかく今年も物理チャレンジでいい経験ができ活力をもらったので,これを生かしてこの夏休みをもっともっとエネルギッシュに過ごしたいと思う.

2009.06.27 土曜日 [ Latest News, その他, 旅行, 移動手段]

運転免許

一か月近く更新をしないまま放置をしてしまったようだ.
4月になってからバイトが忙しくなり(実際は週一だが準備もあるため)、自主ゼミも2つ参加、そして大学の合唱サークルに所属したこと,また高校のOBOG合唱団の練習に土日を費やすようになったことが忙しくなっている理由だろう.
その上、一か月前から自動車教習所に通うようになったからだ.

とくに教習所に関しては授業の合間を縫って通っているからか,日記を書けない主たる要因だろうと思う.
というのも,今まで日記も空き時間を利用して学校の図書館などで書くことが多かったからだ.

バイトが2週間ほど休みになるのでまた日記を書く癖を復帰したいところだ.
気付いたことは,日記を1か月間書かないでいると,やっぱり精神的に不安定になるところも多いこと.
どうも,いつも自分から外部に対して情報を発し続けていないと落ち着けない性格なのであろう.
ちょっとだけ今月は精神的にも,体力的にも不安定な一ヶ月であったという事実は否めない.

■自動車教習所について
それにしても,自動車の教習は予想以上に面白い.
マニュアル車は,オートマ車とちがいクラッチ操作がある分,機械を操る,という感覚がある.
マイコン制御と違い,自分の必要性に合わせて(強い加速がほしいときや適宜エンジンブレーキが必要な時など)ミッション操作をすることができるのが魅力.
運転しながら,燃費のいい運転はどういうものだろうかと考えたりもしている.
(ちなみに,急発進が燃費を悪くする,という話があるがどうやらマニュアル車の場合そうでもないという結果に至った.
まぁ,信号待ちなどで前方に車がいる場合には発進後にまたブレーキングが必要になるような,不必要な急発進はもちろん無駄な燃料の浪費になるだけであるが・・・)

免許を取得したらマニュアル車を借りて(ついでに自転車も持って行って)旅行にでも行ってみたい.

2009.05.14 木曜日 [ Latest News, その他, 大学]

大学でのスポーツ

東大は、勉強の面では優れているけど、体力作りの面ではあまり優れていないのではないか、と思っている人は少なからずいるだろう。
実際、僕自身大学に入るまでは東大というものは勉強ばかりする大学だと思っていた。

しかし、入ってみるとそうでもない。
他大と同様にサークル(特にテニス)は盛んな大学である。
更に、体育の授業(スポーツ身体運動実習という名の講義:通称スポ身)が充実している。
一年生のうちはスポ身(”すぽしん”と読む)は必修科目で、全員が毎週一回ずつやらなければならない。
友人から聞く話によると、人数の多い大学だと、体育の授業は抽選があり当選しないと履修できないようなところもあるようだが、東大は必修である。

一年の前期(一学期)は受験期の体力の低下も考慮して、卓球を選択。
しかしもう少し、積極的に(素早くではなく大きく?じっくりと)体を動かしたいと思い、後期は筋トレを選択することになった。(本当はバドミントンを希望したが抽選に外れただけ:苦笑)

筋トレ(フィットネスと、大学では言う)は、抽選に外れて偶然選択することになっただけだが、これが結構おもしろい。この授業はいわゆるウェイトリフティングであり「体に負荷をかけて特定の筋肉を強くしよう」というものだ。
実際、本当に自分を追い込もうとすれば重量を調整して、筋トレが出来る。
しかも、(大学だから?)筋トレの理論なども教えていただいた。

更に、後期は縁あって東大の石井研(スロトレなどで有名な石井先生の研究室)で加圧トレーニングもさせて頂いた。
加圧トレーニングは新しい方式の筋トレだとして有名だが、それを使っての筋トレが出来たのも興味深かった。
最近は研究室に遊びにいっていないが、それでも身近にアカデミックなスポーツが出来る環境がそろっているのは確実だろう。
(加圧トレーニングは本当に不思議なくらい効率がいいトレーニングのような気がした。でも、わざわざ民間の加圧ジムに高いお金払ってまでやろうとまでは、思わないかもな。。。)

ついでなので、石井先生の最新のご著書を紹介する。
DVD付 スロートレーニングパーフェクトプログラム
講談社の特集ページはこちら
ゆっくり体を動かすことで筋力を効率よくつけるトレーニング法をスロトレといい、このトレーニング法の紹介。さらには、体につけた筋肉をつかって脂肪を燃焼させよう、というトレーニング(エアロビクス)の紹介もしている。
ただ、話によると、エアロビクスのほうの運動は、結構動きが難しく大変だとか。
今度入手したら僕もやってみようかな、なんて考えている。

話は石井先生の紹介にそれてしまったようだ。
本題である東大の運動施設の紹介に戻そう。
本郷キャンパスには御殿下記念館という学内専用スポーツジムがある。
東大も国立大学から独立行政法人になって以来、利用料は有料になってはいるが、それでも一回300円で利用できるのはありがたい。
駒場にもトレーニング体育館(先ほどのフィットネスの授業はここで行われる)という、筋トレの器具が用意されている体育館(ジム?)があるが本郷にもそのようなジムがある。
しかも、プールやその他の運動設備も一カ所にまとめられている施設だ。
(ちなみに駒場のプールは現在改修中。しかし大学の線路向かいにある駒場野公園にはプールがあるらしい。)

ということで、本郷にいってもずっと運動を続けることが出来そうだ。
これは、研究者として体力作りも大切である、という思想が込められているのだろう。
様々な学内の研究室に行ってみたりすることがあるが(昨日も真船研という所に行ったのでいずれ日記に書く予定)、どの先生方も、健康を維持するためにスポーツを続けられているように感じる。
結局、体力がなければちゃんとした研究もできないということなのだろう。
僕自身、年をとっても体力は出来るだけ衰えさせないように注意していきたい。

今回、突然このような日記を書いたのには理由がある。
現在二年生になって週二回スポ身の授業をとっている。
水曜日はバドミントン、木曜日はフィットネス(筋トレ)である。
午前中の授業で筋トレをしてきたのだが、今日はあまりに追い込みすぎた気がする。
友人と合計3人で補助などをしながらやるのだが、
残り2人(2人とも自転車仲間、1人はこの授業で知り合った)のやる気がありすぎて(僕のやる気がなかったというわけではないが)僕まで高負荷でたくさんのセットをこなしたからだ。
(とはいえトップアスリートからみれば軽い重量だが。)

足回りの筋肉は回復が早いが、腕の筋肉の回復が遅い。
授業が終わったときは、腕は激痛でつらく、疲れ果てていたので勉強する気力が起きず、日記を書いていた訳だ。
(厳密には授業後にヨロヨロになりながら?友人と缶ジュースを買いに行き、シャワー室でシャワーを浴びてなんとかまともに動けるようになり、やっと日記を書く元気が出た :笑)

夕方からバイトがあり、(チョークを持つので)それまでには腕の筋肉が回復すればいいのだけどなあ。。。

2009.03.06 金曜日 [ Latest News, その他, サイエンス, バイト]

「はんだごて」と「万年筆」

題名とは関係ないが,そういえば先月(2月)の27日は僕の誕生日(19歳になった)であった.
27日にこの日記に書くべきだっただうが,書き忘れていた:笑


28日には科学技術館のサイエンス友の会の手伝いバイトに行った.
講座は「金属探知機の製作」
動作原理としては,金属片をセンサー(インダクター,コイル)に近づけると,センサーのインダクタンスが変化することを利用するものだ.
  LCR発振回路はコンデンサとインダクタの値の変化で発振周波数が変わる.
  このLCR発振回路の周波数変化を利用して,もう一つのNAND発振回路と信号を重ね合わせて
  生じるうなりを音声として出力する.
  (直接NAND発振回路の周波数を圧電ブザーで鳴らしても可聴域を大幅に超えているため
  うなりを聴く)

小学生向けのキットなわけなので基盤にはシルク印刷で,差し込む場所などが丁寧に記入されている.
手慣れた人はそこそこ部品を差してはんだ付けをするのだが,初めて体験する子供は,差し込む場所が全く分からなかったりするようだ.
電子工作やるなら,小学生のうちからキット以外の工作もしてほしいと思うころだが,どうもそこまでひとりでやろうとしそうな小学生は教室には見当たらなかった.
ちょっと残念かな.

まぁキットを使ってはんだ付けを練習するにはとてもよい教材だったが,(14ピンICやダイオードの取り付けなどもあるから) はんだ付けを失敗する人が続出...
僕ははんだ吸い取り線やはんだ吸い取り機を持ってはんだ回収作業に追われ大変だった.

でも,はんだ付けの失敗だけではなくキット自身の問題もあったのだろう.
ちゃんと組み立てをしているのに動かないものがちらほらあった.
確かに発振回路の周波数が高いため,あらぬところでショートしていた,という可能性も否めないが,それよりも部品の問題もありそうだった.
なぜなら,半固定抵抗器を手で上から押さえるとちゃんと動くのに手を離すと音が鳴らなくなる,など部品内の接触不良としか考えられないような故障がいくつか見つかったからだ.


今回使用したキットは,どうも中に入っている部品のメーカーがセットごとに違う.
ケミコンもセラコンも,ICも仕様は同じでもメーカーが違うようだ.
それは,つまり各メーカーの不良品(誤差が大きくて検査で失格になった製品?)あたりを使ってキットを作っているのだと考えられる.

この教室で講師をされたM先生は
「キットを組み立てて,それが動作しなくてもそれは作った人の責任です,と言ってキットを作るメーカーは言い逃れられる.」
とのこと.
確かにそうだ.と納得.

僕がここで一番言いたいのは,キットを作るメーカーに不良品を入れないでほしい,ということではない.
子供に電子工作をさせたいのであれば「キットははんだごての練習に過ぎない.」
本当に何か作るのであれば自分で回路図を考えて(もしくは本の回路図を理解して)部品を揃えるところから作るべきだし、それが醍醐味だろう、と思う.


■はんだごてについて
前回は久しぶりにまともにはんだごてをもった.
はじめのうち「いもはんだ」気味になってしまったのは,さすがにプライドが傷つけられたなぁ:苦笑
というのも正確にはんだごてをランド(基板上の部品をさすための穴の周りの金属部分)に持ってこれない.
ランドにこて先をしっかり押さえつけないとはんだは融けないというのに部品だけ熱くなってしまうので失敗しやすくなるからさすがにはんだごてが操作できないことには焦った.
まぁ,といっても10分もすれば感覚を取り戻していつもどおり(?)はんだづけをできるようになったわけだが.


どうしてだろうかと考えると,最近の筆記具の持ち方に起因することがわかった.
はんだごては鉛筆と同じもち方をするのだが,部品をおさえたりするのには力をかけなければいけない.
考えてみれば,僕の筆圧が,鉛筆でも時々ノートを破ってしまうのは,このはんだごての癖があるからだろう.笑
しかし,大学に入ってから筆記具が万年筆に移行したため,あまり筆圧をかけないようになっていた.
そのためか,はんだごての力の加え方をはじめのうちは思い出すのに時間がかかってしまったようだ.

そういえば,はんだごては鉛筆よりも若干斜めに倒して使う(横からはんだごてを押さえる)が,このためか筆記具の持ち方もいつも斜めになっていた.
高校生になるまで,鉛筆をちょくちょく利用していたのには筆記具を斜めに持つ癖があったからだ.
シャープペンシルを斜めにもって書くと,芯がよく折れる.
ボールペンを斜めに持って書くと,インクの出が悪くなる.
大学入学するまで,長い間うまく筆記具と付き合えず悩んでいたのだが,大学に入って万年筆(といっても生協で売っている200円のやつ)と出会った.
万年筆はペンを(はんだごて同様)斜めに倒して使う.
これが僕の持ち方にピッタリであったのだ.
鉛筆と同じような書き心地なうえ,鉛筆のように線が太くなったりしないのは大きなメリットだ.
最近は万年筆なしでは勉強できないと言っても過言でないくらいだ.

気分や状況によってはシャープペンシルやボールペン,鉛筆も使うが,やはり万年筆は書き心地がよい.
しかし,期末試験などではどうしてもシャープペンシルか鉛筆を利用しなくてはならず,試験期間中はストレスがたまる一方であまり楽しくない.
鉛筆の場合は芯が太くなってくるし,シャープペンシルの場合は頻繁に芯が折れちゃうから困るんだよなぁー笑

2009.02.16 月曜日 [ Latest News, その他]

春休み

先週の金曜日,最後の期末試験(数学/解析)のテストを終え,大学は春期休業に入った.
2学期の開始が遅かった分,春休みの開始もほかの大学に比べて遅い.

冬休みはPCと向かいっぱなしの生活だったため,やりたかったことができなかった.
そのうえ今は,木曜日提出の残っている数学のレポートを完成させなければならないし,同窓会などの企画も立てないといけない.
(同窓会は立候補した覚えはまったくないのだが,気づけば中学,高校,物理チャレンジの同窓会を計画する側の立場になってしまっていた.)
あとは,バイトの仕事も春休みは今まで以上に忙しくなりそうだ.
(詳しいことはいつか書きたいのだが・・・
あ,というかそもそもまだ冬休みの日記,夏休み以降の旅行などについての日記も書いていない!)


ひと段落したらまた日記を書こうとは思うが,さて夏冬休みの書きたい内容をすべて記事にするのは一体いつになるのかは僕自身もわからない(苦笑)

2009.01.02 金曜日 [ Latest News, その他]

第85回箱根駅伝(往路)

箱根駅伝公式Webサイト

お正月恒例の箱根駅伝一日目が終わった.
毎年年末年始は旅行へ行っていたり受験勉強だったりといそがしくゆっくり箱根駅伝を見る暇がなかったが,今年は(生まれて初めて?)箱根駅伝に熱中した.
受験が終わってゆっくり冬休みを過ごせた,ということ以上に,実は友人が箱根駅伝に出場したからだ.

高校一年の時のクラスメートであるY君は,陸上部に所属し3年間中長距離の選手として活躍してきたが,それが今日駅伝一区でエンジのたすきを持って走っていたのだ.
昨日も夜更かしをしてしまったが頑張って早起き(?)をした.

一区というと,丸の内をスタートして,鶴見に至るまでの区間だ.
出走後は常にY君は先頭集団に居続けた.
しかし,東京都の中ではほとんど先頭集団から飛び出すものがいなかった.
あまり駅伝を見ないからよくわからないのだが,解説によると先頭集団が固まったままで走るのは珍しいことだとか.

その実況を聞きながらひそかに思っていたのは「多摩川を超えたらY君は突然ペースを増すのではないか.」ということ.
彼も僕も川崎市民だ.
多摩川を渡れば,そこは地元川崎市.
ホーム地に入ったらペースを上げてくれたら,狙い通りだな.
なぁんて思いながら六郷橋(多摩川)通過をニヤニヤしながら(!?)テレビ画面を見つめていた.

六郷橋通過後,
案の定Y君はペースを上げて先頭集団を引き離した!
たぶん高校で同期の友人がたくさん街道にいたおかげでもあるのだろうが,期待に答えてくれた彼はすごい!
と,感激していた.

そのままリードは抜かれることもなく,彼は一区区間優勝を果たした.
区間新記録は達成しなかったものの,地元の人の期待に応えて区間優勝を果たしてくれたのは,なによりもうれしいことだ.


他の区間でもさまざまな選手がドラマを創っていて,感激するばかりであった.
たすきを渡された時には順位が低いのに,前を走る何人もの走者を振り切って先頭集団に食い込んだりすることも多く,最後まで順位が変動し続け,結果が最後になるまで分からない.
結局Y君の所属する早稲田は5区で東洋大との競り合いで優勝を逃してしまったが,
なにより,駅伝というドラスティックでかつドラマティックな競り合いは,見ている僕にまで緊張感を与え,興奮させられた.
本当に楽しい一日だった.

明日も,実は神奈川大学に僕の高校の3つ上の先輩が出るらしいので,出来れば見てみたいな.と思った.

2008.12.13 土曜日 [ Latest News, その他]

人身事故

今日(12日)は学校から帰宅したのちに,いつもどおり地元の合氣道道場に行った.
(実際には大学の理学部主催のサイエンスカフェなるもので,理学部の先生方とお話していて遅れたわけだが)

帰り道は地元の駅付近を通過するわけだが,電車がどうも橋の上でのろのろと徐行運転している.
そのとき携帯のメールを見て知ったことだが,その1時間ほど前に人身事故があったらしく.ちょうど運転再開だったよう

・・・
事故は地元の駅であったらしい.

え?


本当に驚いた.
知り合いでなければいいのだけど..


・・・

今まで一度も日記に書いてこなかったが,もうそろそろいいだろうと思ったので書こう.
実は僕は,4年前(2004年)の12月14日,親友を人身事故でなくした.
原因はよくわかっていない.

当時(中学3年)の僕にとってはあまりに大きすぎるショックだった.
それ以降今までずっと僕の心の中にあるようで,事あるたびに記憶がよみがえってくる.
大学入ってからも何度かそのようなことがあったわけだが,今日はとりわけショックが大きかった.
家に帰る前に,久々にぼんやり線路わきの駐車場で電車を見ながら40分以上過ごしてた.
(でも久々にぼんやりと過ごす時間がとれたので,最近溜まっていた心のガスを抜くことができたみたい!)


まぁ,あまり細かい感情的な内容は書くつもりはないけど(むしろ僕の能力じゃ書けないか.苦笑),このことだけはどうしてもこの日記に書かなければいけない使命感を感じたので,書くことにしたのだ.


しかし,いまだから言えることだが友人を亡くしたことはすべてがつらいことなのではない.
高校入って気づいたことだが,無常観をいつのまにか感じるようになったようだ.
生じるものは必ず消え,出会いは必ず別れを意味する.
この経験なしにはそのような感覚を体得することは不可能だっただろう.(いくら方丈記を読んでも?)
しかも,いま僕が勉強に対するモチベーションを維持してこれたのも,「彼のためにも生きている自分が頑張らなくては!」と自分を励ましてこれたからだ.


最近大学に入って勉強に対するモチベーションも減少してきていたが,やっぱりもっとちゃんと授業以外にも勉強しないとなぁ,
今日はもう夜遅いから明日は寝不足な一日だろうけど,明後日からは気持ちを入れ替えて頑張っていこうと思う.

2008.12.03 水曜日 [ Latest News, その他]

メガネ

日曜日に地元のメガネ屋に行って、眼鏡のレンズを交換してもらいに行った。(そして今日学校が終わってから直接メガネを受け取りに行った)
メガネのフレーム自身は現在3本持っているのだが、一番度が強いメガネを購入したのは高校2年だったか1年のことだったか。。。

高1のころからコンタクトレンズを使い始めて、眼鏡の重要度が下がったため、眼鏡を新調せずにそのままの度を使い続けていたのだが、さすがにもう眼鏡がまったく意味をなさないくらい目が悪くなってしまった。
高3の地点で、学校の視力検査で(なぜかそのときはコンタクトでなくメガネだった)矯正視力0.3以下という、最悪な点数をGetしてしまっていたので、現地点ではもっと悪いのだろう。

といっても、コンタクトレンズがあるので、毎日視界に苦労することはなかったのだが、最近の僕の生活パターンから週7日装用、一日15時間前後もつけていたわけで、目に優しいと言われるハードコンタクトでも目の疲れはひどかったからだ。
今回は、眼鏡のフレームを変えずにレンズだけ交換をしてもらうことにした。
メガネ屋さんに、屈折率1.68の超薄型レンズをすすめられたが、まぁそこまで薄くする必要もないと感じ、屈折率1.6の薄型レンズを購入。(前のレンズは屈折率1.5の普通の非球面レンズ)
それにしても…視力測定の際、前のメガネとの度があまりに違いすぎたのでメガネ屋の店員さんでさえも驚いていた笑

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僕の購入した眼鏡のレンズはNIKONのレンズを使っているようだ。
NIKONというと一眼レフカメラのイメージが強いが、(言われれば当たり前だが)眼鏡のレンズもつくっているみたいだ。
国内企業のレンズなのでとても信頼している。(レンズはレンズでも特に非球面レンズの設計ができるのは、理詰めで設計するというよりもやはり、プロの技なんだろうなぁと思う)
今度こそは、眼鏡の度を変えることがないよう、目を大切にして生活できるよう心掛けたい。

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とはいえ、視力はどんどん落ちていっているようだ。
受験が終わった地点でコンタクトレンズ(ハード)を装用した地点での視力は0.3だった。
(そのハードコンタクトは高二12月に購入したもの)
さすがに授業に不便だったので、今年の5月に新たにつくりかえて両目を1.1にしたつもりだったのだが、気づけばまた視力が低下して少し見えにくくなる。
コンタクトレンズの交換保証が半年間有効だったので、10月に眼科にお願いしてコンタクトをつくりかえてもらったのだが、このときはもう視力0.7だったからなぁ。。。。

東大の人で裸眼の人も何人もいるわけだから(たしかに世の中の平均値よりは格段に少ないのかもしれないけど)、目の使い方によっては視力を低下せずに勉強できるんだろうなぁ。