'研究室' に関する記事のまとめ

2009.05.25 月曜日 [ Latest News, サイエンス, 大学]

進学振り分け

最近、進学振り分け(通称進振り)について悩んでいる。

進振りとは東大の特徴的な制度であり、世界的にみてもこの制度は特殊なものらしい。
一般的な大学は入学時に法学部であったり医学部、工学部のように志望学科を選択して受験する。
東大は、高校生のうちから専門を決定してしまうのは良くない、という考え方から、大学入って一年半は専門課程に所属せず多岐にわたる分野の勉強をすることになっている。
(彼らはこれをレイトスペシャリゼーションと呼ぶ)

現在僕は教養学部(前期課程)理科一類という場所に所属しており、教養を身につけることになっている。ただ教養教養と叫ばれながらも、実際はあまり深い内容の知識を身につけることが出来ていない。これは結局は残念ながら進振りの制度に問題があるからだろう。

進振りでは、二年夏学期までの成績の平均点が高い順に進学先を選べることになっている。
向学心があり、点数の高い学科に行こうとする人ほどもちろん点数を稼がなくてはならない。
しかし、点数を稼ぐことに躍起になるとどういうことが起きるだろうか。
東大の多くの生徒は、楽をして高い成績をもらえる授業を探そうとする。
新学期になると、学内向けに「教員逆評定」というものがとある出版系サークルにより編集され販売されるが、それをほとんどの学生が購入することになる。
この冊子により皆、成績のとりやすそうな授業を選択する訳だ。
周囲の人間が、出来るだけ楽をして高い成績を取ろうとする訳だから、本当に多岐にわたる分野の勉強をしたいと思う人にとってはとても都合が悪い。
頑張って勉強しても得点の伸びが悪くなってしまうからだ。

しかも、いったん逆評定などで教員の良さが評価されると、その授業に学生は集中する。
人が集中すると教員も、最下層にあわせて授業をしないといけないことになっているので出来るだけやさしく授業をしようとする。
これが悪循環につながる訳だ。
全体として、東大の生徒は成績、という単なる数字に踊らされて、教員に甘えるような姿勢を見せることがある。
そして教員も授業の内容を薄くしていってしまう。
ある意味教養前期課程はモラトリアムであるのかな、とは思いながらもちょっと授業がつまらないなあと感じられることは多い。

とはいえ、専門課程に入ると様子は一変して、がっしりと授業が行われるようだ。
怖いようで楽しみである。


■進学学科選び■
進振りが確定するのは9月である。 この結果で東大生の人生が決まるわけだ。
(同時に、前期課程でずっと一緒であったクラスも解体される)

現在進学で迷っているのは
理学部物理学科
・理学部天文学科
理学部地球惑星物理学科
工学部航空宇宙工学科
である。(理学部化学科工学部物理工学科も考えていないわけではないが)
それぞれの学科に一長一短がある。

先ほど述べたように東大の学内では、人間の評価も、学科の評価も成績の平均点で評価する風潮にある。そのためこの中で最も進振りの点数が高い理物(理学部物理学科)は学生の間では評価が高い。
しかし、入る難易度が高いから、という理由だけで安直に理物を選ぶのは良くない。
高校時代から一緒に勉強してきた周囲の人からは、理物に行くのが当然というように思われているようだが、最近理物へ進学するというモチベーションにはつながっていない。
各学科の教員や研究についてよく調べて、進学先の学科をしぼっていきたいと思う。


■大学・大学院卒業後の進路■
最近、進路のことを考えていると小中学生のときの夢を思い出すようになっている。
なぜなら、
物理をやろうというモチベーションが生まれたのは高二のときの物理チャレンジのときであるが、もともとのScienceに対するモチベーションはもっと以前からあったからだ。
そもそも、どんなことがきっかけで科学が好きになったのかを考えるのは面白い。

小学生のころは、ロボコンをやりたいといっていたのを覚えている。
NHKで大学生ロボコンを見ていたからだろうか。
それの影響もあってか(科学技術館サイエンス友の会の友人の影響も大きかったが)小中学生の頃は電子工作にはまった。
大学に入った際、一瞬ロボコンサークルに入りかけたが、忙しそうという理由で入部を諦めてしまった。
物理チャレンジ系の友人でロボコンサークルに所属しているA.T.くん,S.K.くんもいる。
忙しそうだが、毎日が充実しているように見える。

電気回路について勉強をして電子工作をしたいというモチベーションは未だになくなっていない。
最近はパソコンいじりばかりやっているが、半田ごてをつかった工作をやりたいなと思っている。
(電子工学科に進むという手もあったが、電子工作だけを専門にはしたくはなかったので、ここには進まないつもり。物理学科などに進んでも実験装置の製作は自分の手作業になることは多々あるからいずれ電子工作は必要になってくるであろう。)
それにしてもクラスメートのS.N.くんは最近PICをいじり始めたらしい。
負けてられないなあ。

また、電子工作だけでなく宇宙開発にも興味があった。
現在ではJAXAになったが、かつての NASDA,ISASへの興味が強かった。
ちなみに上に述べた学科はすべてJAXAと大学院で提携しているのでJAXAへの就職の道はどこへ行っても確保されているようだ。
(くわしくはこちら)

宇宙開発への興味といえば、東大航空宇宙工学科の中須賀研究室で打ち上げた小型衛星CubeSatなどを追いかけていた時代もあるし、旧ISAS(現JAXA)のはやぶさプロジェクトに至っては打ち上げられる以前(まだ衛星の名前がMUSES-Cと呼ばれていた時代)から追いかけ続けている。

もう一つ興味があることとしては海洋である。
JAMSTEC(海洋研究開発機構)への興味もあった。
しんかい6500などの潜水艦やちきゅうとよばれる海洋水面下の地層に穴をあけて岩石のサンプルを採取する船などには今でも興味がある。
(そういえばちきゅうも建造される前から追いかけていたんだったっけな。)

小学生のころは今よりもたくさん興味を持っていたのではないかと思えるくらいの興味の幅があった。
将来やりたい研究なども含めて進学先を考えられれば、と思っている。

2009.05.14 木曜日 [ Latest News, その他, 大学]

大学でのスポーツ

東大は、勉強の面では優れているけど、体力作りの面ではあまり優れていないのではないか、と思っている人は少なからずいるだろう。
実際、僕自身大学に入るまでは東大というものは勉強ばかりする大学だと思っていた。

しかし、入ってみるとそうでもない。
他大と同様にサークル(特にテニス)は盛んな大学である。
更に、体育の授業(スポーツ身体運動実習という名の講義:通称スポ身)が充実している。
一年生のうちはスポ身(”すぽしん”と読む)は必修科目で、全員が毎週一回ずつやらなければならない。
友人から聞く話によると、人数の多い大学だと、体育の授業は抽選があり当選しないと履修できないようなところもあるようだが、東大は必修である。

一年の前期(一学期)は受験期の体力の低下も考慮して、卓球を選択。
しかしもう少し、積極的に(素早くではなく大きく?じっくりと)体を動かしたいと思い、後期は筋トレを選択することになった。(本当はバドミントンを希望したが抽選に外れただけ:苦笑)

筋トレ(フィットネスと、大学では言う)は、抽選に外れて偶然選択することになっただけだが、これが結構おもしろい。この授業はいわゆるウェイトリフティングであり「体に負荷をかけて特定の筋肉を強くしよう」というものだ。
実際、本当に自分を追い込もうとすれば重量を調整して、筋トレが出来る。
しかも、(大学だから?)筋トレの理論なども教えていただいた。

更に、後期は縁あって東大の石井研(スロトレなどで有名な石井先生の研究室)で加圧トレーニングもさせて頂いた。
加圧トレーニングは新しい方式の筋トレだとして有名だが、それを使っての筋トレが出来たのも興味深かった。
最近は研究室に遊びにいっていないが、それでも身近にアカデミックなスポーツが出来る環境がそろっているのは確実だろう。
(加圧トレーニングは本当に不思議なくらい効率がいいトレーニングのような気がした。でも、わざわざ民間の加圧ジムに高いお金払ってまでやろうとまでは、思わないかもな。。。)

ついでなので、石井先生の最新のご著書を紹介する。
DVD付 スロートレーニングパーフェクトプログラム
講談社の特集ページはこちら
ゆっくり体を動かすことで筋力を効率よくつけるトレーニング法をスロトレといい、このトレーニング法の紹介。さらには、体につけた筋肉をつかって脂肪を燃焼させよう、というトレーニング(エアロビクス)の紹介もしている。
ただ、話によると、エアロビクスのほうの運動は、結構動きが難しく大変だとか。
今度入手したら僕もやってみようかな、なんて考えている。

話は石井先生の紹介にそれてしまったようだ。
本題である東大の運動施設の紹介に戻そう。
本郷キャンパスには御殿下記念館という学内専用スポーツジムがある。
東大も国立大学から独立行政法人になって以来、利用料は有料になってはいるが、それでも一回300円で利用できるのはありがたい。
駒場にもトレーニング体育館(先ほどのフィットネスの授業はここで行われる)という、筋トレの器具が用意されている体育館(ジム?)があるが本郷にもそのようなジムがある。
しかも、プールやその他の運動設備も一カ所にまとめられている施設だ。
(ちなみに駒場のプールは現在改修中。しかし大学の線路向かいにある駒場野公園にはプールがあるらしい。)

ということで、本郷にいってもずっと運動を続けることが出来そうだ。
これは、研究者として体力作りも大切である、という思想が込められているのだろう。
様々な学内の研究室に行ってみたりすることがあるが(昨日も真船研という所に行ったのでいずれ日記に書く予定)、どの先生方も、健康を維持するためにスポーツを続けられているように感じる。
結局、体力がなければちゃんとした研究もできないということなのだろう。
僕自身、年をとっても体力は出来るだけ衰えさせないように注意していきたい。

今回、突然このような日記を書いたのには理由がある。
現在二年生になって週二回スポ身の授業をとっている。
水曜日はバドミントン、木曜日はフィットネス(筋トレ)である。
午前中の授業で筋トレをしてきたのだが、今日はあまりに追い込みすぎた気がする。
友人と合計3人で補助などをしながらやるのだが、
残り2人(2人とも自転車仲間、1人はこの授業で知り合った)のやる気がありすぎて(僕のやる気がなかったというわけではないが)僕まで高負荷でたくさんのセットをこなしたからだ。
(とはいえトップアスリートからみれば軽い重量だが。)

足回りの筋肉は回復が早いが、腕の筋肉の回復が遅い。
授業が終わったときは、腕は激痛でつらく、疲れ果てていたので勉強する気力が起きず、日記を書いていた訳だ。
(厳密には授業後にヨロヨロになりながら?友人と缶ジュースを買いに行き、シャワー室でシャワーを浴びてなんとかまともに動けるようになり、やっと日記を書く元気が出た :笑)

夕方からバイトがあり、(チョークを持つので)それまでには腕の筋肉が回復すればいいのだけどなあ。。。

2008.10.20 月曜日 [ Latest News, サイエンス, 大学]

「これからの科学リテラシーを考える」

というシンポジウムに18日に参加してきた。
(主催者:東京大学生産技術研究所 知の社会浸透ユニット)

13時開始の講演会の後、パネルディスカッション、そしてその後懇親会があり結局20時過ぎまで続き、最初から最後まで参加した僕にとってはとても長い一日であった。

一市民として、いくらかは科学に対しての知識(リテラシー)がなければならない。
という考えのもと、ではどうすれば科学の知識を得ることができるのだろうか。
ということを論ずる会である。

なぜ科学リテラシーが必要かというと、それは現代社会における、いかにも科学的根拠があるかのように見せかけるウソを嘘であると見抜けるような能力が必要だからである。
ひところ、某民放テレビ番組の影響で日本中に蔓延してしまった「マイナスイオン」という、いかにも科学的裏付けがありそうで、全くScienceでは定義されていない言葉を創った上、それが健康にいいかのように言って国民を騙したことについては今でも憤慨している。
納豆ダイエットの偽装でも騙された人が多かったわけだ。

これは、一種の詐欺であるが、これに騙されないように国民が全員一定の科学的思考力を持たないといけないのだ。
しかし、現行の教育過程ではむしろScienceと乖離した、というかほとんど中身のない理科を教えているだけにすぎない。
これでは科学リテラシーが育たない。


このようなことをテーマにしたシンポジウムだった。

講演者は
・北原 和夫(国際基督教大学教授/東京工業大学名誉教授/物理チャレンジ・オリンピック日本委員会委員長)
・滝川 洋二 (NPO法人ガリレオ工房/東京大学)
・元村 有希子 (毎日新聞社)
・清原 洋一 (文部科学省)
・渡辺 正 (東京大学生産技術研究所教授/高校化学グランプリ委員長)
と、すごい方々がいらした。

ちなみに、渡辺正研究室では前学期ずっとUROPという授業を通して研究をさせて頂いた。
また物理チャレンジ、化学グランプリで高校時代から北原先生、渡辺先生にはお世話になっていた。


今回のシンポジウムは日本の今後の文科省の教育制度について考えさせられるいい機会となった。
北原先生は、科学リテラシーの必要性やどういうことが欠如しているのだろうかという大枠を述べられ、またご自身の英国での経験を交えての他国との教育の比較を明快に述べられていた。
元村氏も、先月(9月)まで一年間英国へ社費留学されていたそうで、その経験を交えた内容だった。
英国人は日本人よりか何倍も科学関連の講演会やフェスティバルに積極的に参加するような風土が育っている一方、英国特有の階級制度の下位に属する人はあまり科学に接することができていない、という現状をうかがった。

滝川氏は。。。
ガリレオ工房という所属している方だ。
実は、僕の小学生のころ所属していた科学技術館のサイエンス友の会の仲間から見れば、もっとも対極に属する人々でどうもとっつきにくい。
当時は、サイエンス友の会も同じ科学技術館5Fのワークスという部屋で研究をすることがあったが、小学生ながら彼らのことを敬遠していたのを覚えている。

実験ネタとしては面白いのだが、一過性の面白さしかないように感じられるところが残念だ。
もちろん、ガリレオ工房に属する先生方の中でもO先生という方(かつてNHKやってみようなんでも実験などでも出演されていた方)の教育方針は素晴らしいもので、小学生のころから結局物理チャレンジの時まで長い間お世話になった先生もいるし、素晴らしい人も数人いる。

でも、やはり講演を聞く限り、あまり内容が響いてこないように感じた。
なぜかというと、彼らの目指すものは、科学を面白いと思わせること、に尽きているからだ。
一見善いことをやっているように見えるから恐ろしいのだ。

確かに彼らの教材を組み立てたり改造したりすることで、いままでは考えられなかったような面白い発見が得られるかもしれない。
しかし面白いだけしかないのだ。
玩具を用いて遊ぶように。

科学というのは、不思議に思ったことに対して、それを検証するためのアプローチ(例えば実験装置などを開発することなど)から始まる。と思う。
もちろん、実験装置を製作することほど大変なことはない。
一方実験はどうか、実験は意外とあっさりと済んでしまうものなのだから。

そして、実験で何か結果が得られて、ただ喜ぶようではだめなのだ。
Scienceはその先に、実験結果を数値に読み換え(測定)、データを検証し、仮説を裏付ける、という一連の流れまでをしなくてはならないからだ。
そこまでいってやっと大きな喜びが得られるわけだ。

・・・・
まぁ、実際には彼らがどのような教育方針でやっているのかははっきりとはわからない。
ちゃんと科学の本質に根ざした企画をしているのかもしれない。
そもそもこんな場所で彼らのやってることを批判したところで意味がないのだが。



エセ科学を教える団体は日本にたくさん多い。(しかも大概は教える側も科学を教えているのだと勘違いしているのだが。)
彼らを批判するよりも何よりも、まんまと彼らの甘言に誘われて子供がエセ科学に侵食されていることに、無批判でいられる異常ともいえる親の科学リテラシー欠如が問題なのかもしれない。と感じた。



そして、文科省清原氏vs渡辺先生
両者の争点は学習指導要領についてだ。

文科省について。
まぁ、思っていた以上には文科省は理科教育について検討していたことはわかった。
以前よりは、若干マシにはなるだろう。
でも、所詮教科書指導要領が一部さし変わったこと、そして理科教育の目的が先述した科学リテラシー向上に依拠したものに変わる(つまり、エセ科学に騙されないようにしよう)ということ。

一方渡辺先生は高校化学の教科書の編纂なども受け持たれているわけだが、日本の学習指導要領の成立自体に疑問符を投げかけていた。
初めて知ったことだが、教科書指導要領の策定改定は非公開に実施されているらしい。
教科書編纂者である彼でさえもどんなに請求したところで指導要領の策定の内容を全く見れないとのこと。
たしかにおかしい。
科学リテラシー向上のためには全員がちゃんと身に付けなければいけない知識などを考慮検討する必要もあるわけだが、一方将来研究者であったり企業で活躍することを志すような人間にとって必要な知識も教科書に盛り込まなければならない。
なのに、先端研究についての知識が集結している学会などの意見を全く参考にしないのはおかしい話である。


先日数理科学研究科の加藤先生の所へ伺った際に聴いた話であるが、高校の数学の内容が少なすぎて大学人としては困る。とのこと。
彼が高校のうちに身につけるべき内容としてはテンソルの二次形式などを挙げられていた。
確かにこれらは大学に入ったら必要になるはずだ。
なのに高校で教えない。

やはり、渡辺先生のおっしゃるように学習指導要領の策定には各学会や専門家に意見を問う場を設けてもいいのではないだろうかと思われた。





全体として、このシンポジウムは「どのように青少年(という表現を使うと自分も含まれるので複雑な気持ちだが。:笑)に国として科学リテラシーを身につけさせるか」というようなテーマだった。
でも、もう一つ重要なこととして青少年に教育をする学校教育関係者や、親の科学リテラシーを上げることを考えなければならないだろう。
いくら素晴らしい教育理念があろうと、教育者が習熟していなければ全く意味がないからだ。

学校関係者や親の科学リテラシーを向上させるには、一世代入れ替わるくらいの長いスパンで考えなければならない。
もっと、教育者への科学リテラシー向上についての議論も活発になっていく必要がありそうだ。

2008.10.08 水曜日 [ Latest News, サイエンス, 大学]

理論物理学とノーベル賞

昨日は2008年ノーベル物理学賞が南部先生、小林先生、益川先生が決定したことで盛り上がった。
本日も化学賞に下村先生ら3人に受賞することが決定したらしい。
ノーベル賞は毎年恒例のことではあるが、受賞研究の内容は、(あたりまえではあるが)とても素晴らしいと思う。

今年は、日本生まれが4人(以上)。
ただ単に同じ国民である、というだけのことであるが、やはりすごいことだ。
と言えども、科学研究は国際協力が欠かせない。
日本人が受賞したからといって、度を過ぎて「同じ日本人」として誇りに思ったり、自分のことのようにうかれすぎてもいけないなぁとも個人的には思ってはいる。
(あまりニュースでのインタビューなどに答える人が、何も実態も分からないままにインタビュアーにのせられて、喜んでいる様子は個人的には見ていて快いものではなかった。)

しかし、日本人がノーベル賞受賞することでいいことが無いわけではない。
まず、言語が同じこと。
論文などを読むのは英語であるので、(今の僕には)すらすらと読めないのだが、受賞者は日本語で講演を行ったり、日本語で書かれた本を出版している。
容易に研究内容の深いところまで知ることができるのがとても嬉しい。
講演会等があればいってみたいものだ。

さて、残念ながら化学賞を受賞された下村脩先生は恥ずかしながら全くどのような先生かを知らない。
勉強不足である。
GFPと呼ばれる蛍光蛋白質(紫外線などを照射すると特定の色に光る蛋白質)を発見されたらしい。
夏学期の生命科学の授業ではGFPを利用した手法をいくつか聞いたのだが、具体的にどのような仕組みで、またどのような場合にどう用いるのか、などについてはよく分かっていない。
残念だ。

しかし、ここでは物理のことを書きたい。
3人の受賞者は物理を志す人の間では大変有名な理論物理学研究者である。
物理を専攻する人は知らない人がいないと言ってもいいほどだ。
と言っても、素粒子研究の理論は理論物理学の中でも極めて理解が難しい(らしい)。
それは理論物理は数学を用いて、世界を記述していくわけだが、当然のことだがその数学が極めて難しいからだそうだ。
だからこそ、このように難解な素粒子理論でノーベル賞を受賞されるのは本当に貴重で素晴らしいと思う。

実験により確立された理論はまだしも、殆どわずかなデータ(実験誤差のように見えるわずかな違いなど)から壮大な理論を構築したものは、すぐには受賞にはなり得ない。
今回の受賞内容はこのような意味で壮大な理論である。
論理的に欠陥がなく、素晴らしいと思われる理論でも、実験による裏付けがなければ成立し得ない訳だ。

益川先生の話によれば、実験で自分の理論が裏付けされた時が最も嬉しかったらしい。
受賞決定直後のインタビューは落ち着けないものだろうが、あまりノーベル賞は嬉しくないと言ったのは、むしろそれ以上の喜びを実験による自論の裏付けで得ていた、という意味なのだろう。

そういう点でやはり理論学者に対してどのタイミングでノーベル賞を与えるかはノーベル財団自身も悩んだことなのではないかと思った。
実験による理論の裏付けがなされたとしても、その実験が正しいかどうかを判断する必要もあるだろうし、手間取って、受賞のチャンスを逃してしまっていたのだろう。
今年は、LHCというスイスの世界最大の粒子(陽子)加速器が稼働した年でもあり、(といっても故障で、現在停止中らしいが。)素粒子物理学においては一つの大きな節目が得られそうなところである。
だから、今年をチャンスと考え、素粒子理論学者の3人に受賞を決定したのではないかと思う。
(昨日同様のことを先輩であるT.N.さんも言っていた。)

僕が素粒子論に興味を持ち、彼らの業績を知ったのは中学生の時に読んだ本だったであろうか。
それ以来、ノーベル賞受賞者が発表されるたびに彼らの名前が挙げられないのに不思議に思っていた。
他にも素晴らしい研究をされた理論研究者はたくさんいる。
しかし、ノーベル賞が受賞されるのは理論を発表した直後でなく、実験などによる裏付けが得られるまではお預けのようだ。

そういえば、先日(9/22)に大学の友人3人と東大駒場キャンパス数理科学研究棟内の加藤研究室にお伺いした。
加藤先生のご専門も素粒子理論をはじめとした内容の理論である。
お話を聞きに行った3人とも、まだまだ素粒子理論について全くと言っていいほどわからないので、先生には大変ご迷惑をかけてしまったかも知れない。
しかし、理論系研究室を実際に見たのは生まれて初めてである。
実験系の研究室や工学系の研究室ならば今まで何回か伺ったこともあったが、理論系の研究室は今までの印象とは全く違う。
まず、研究室が整然としている(笑)

書棚には理論系の本がびっしりと並び、論文を入れるらしき棚もあり(中までは見ていないが)資料が沢山あるのだなぁという印象を受けた。
しかし、「理論学者は紙と鉛筆(と計算機)さえあれば研究ができる」といわれている通り、研究者は黙々とさまざまな仮説を提唱しては証明、失敗という試行錯誤を繰り返しているようだ。

前回お伺いしたときは、話をしている途中から先生が学部一年生の我々に物理を教授し始めてくださり、ちょっとしたセミナーのようになってしまった。
100%理解しきれなかった自分の勉強の足りなさには情けなく思いつつも、とても面白い話を聞けた。

彼は、物理学者ながらも数学者であり、数学的側面からの物理学の理解が重要であると教えてくださった。
どんなに複雑な物理法則があったとしても、実は数学的な側面から見たら単純であったりする、というわけである。
しかし、単純といってもその数学の側面を理解するのには、相当量の数学の習得が必要なようだ(笑)

そのためには高等教育の数学の内容をもっと考えるべきだとも、おっしゃっていた。
確かに高校数学の指導要領は学問が発展し続けているのに対して昔から殆ど変っていない。
現行のままだと大学に入ってから数学の内容に苦労するわけだ。
微分積分や、行列などの範囲は大学入ってから更に重要になるのだから、もっとしっかりとやるべきである、ということだ。
大学に入ってみてわかったことは、意外にも多くの学生が高校の指導要領の内容ばかりの数学しか知らないということ。
前期の力学の授業など、(個人的には)当たり前に思っていた数学の表示について、質問する学生が多く少しショックだった。

最近、理論物理学に興味を持ち始めた。理論物理は勉強するべきことが沢山あるが、周囲の八王子組の友人や塾の仲間とともに切磋琢磨していきたいと思う。
頑張るぞ。

2008.05.02 金曜日 [ Latest News, サイエンス, 大学]

学部学生から研究室へ(UROP参加)

大学には
UROP (Undergraduate Research Opportunity Program)
という、学部学生が大学院の研究室(*1)で、研究の手伝い(もしくは関連した実験)を体験できる、というプログラムがある。
つまり、学部学生ながら、研究室配属されて、先端研究に触れられるというものだ。

昨年UROPを体験した先輩(*2)の勧めで、僕も今年参加することにした。
以前から将来は、物理や工学などの研究室に進みたいと考えていたものの、(UROPのプログラムで選択できる)物理系の研究室は特に難しそうであった。
改めて研究室案内全体を眺めてみていたところ、(簡単にいえば)葉緑体の研究をしている研究室を偶然見かけた。
小学生や中学生のころ、太陽電池を用いた工作をしたり、太陽電池についての研究をしていた時期もあったからか、この研究テーマに大変興味を持った。

そして今日、その研究室の先生と面談をして、様々な話を伺った。
(この画像は生産技術研究所の内側の写真で、左端にある部屋が今日伺った研究室)
ここでは主にクロロフィル(葉緑体の主要物質)を中心とした部分の光合成反応について詳しく研究しているようである。
光合成に関わる物質の多くは共通の基本骨格をもつものであるが、一部の水素がメチル基(炭素一つ)に置き換わったり、分子鎖の結合の向きが上下逆になってしまうだけで、まったく別の性質をもつクロロフィルや、他の物質になったりするらしい。
僅かな違いによる物理的特性の変化を知ることで、光合成反応に関わる物質の構造を理解し、光合成を理解しようとするのが目的らしい。

さて、だからといって学部一年生の僕に割り与えられる役割が、このような最先端の研究の主要部分を担えるという訳でもない。(笑)
どのような境遇においても下っ端は下っ端である。

僕の今回の研究テーマは
抽出された色素をクロマトグラフィーという機械を用いて物質ごとに分離をしていく。
そのようにすることで、いままで見つかっていなかった分子を発見したり、研究したい物質だけを単離したりするのである。
もちろん、この研究の主要になるところはその単離された物質を分析して、構造を決定し、その物質の光合成回路での役割を見定めることである。

僕にとって初めての本格的な研究であるし、液体クロマトグラフィー(という分析装置)を使うことさえ初めてである。
どんなに下っ端であろうと、むしろ(大学院生の方々と)一緒に研究をさせて頂けることが嬉しい。
本気で実験をしてたくさんのことを吸収していきたいと思っている。


(*1)主に、駒場にある「生産技術研究所」や「先端科学技術研究センター」を拠点とする研究室
(*2)物理チャレンジ、化学グランプリ両方でお世話になった先輩。彼はUROPに関わった学生のことを「ユーロピアン」と呼ぶ。(笑)