小学校のときからのサイエンス系の数人の友達と、みんなである科学館に行ってきました。 やはりサイエンス系の友達は、目の付け所が細かいな、と感じました。(その科学館で普通の人と同じく遊んだりもしましたが...) 長いときには30分以上も一つの展示にこだわったりすることが何度か見られました。
ちょうど、その科学館では理科実験系のコンクールの作品展示会が開催されていました。 そこでも、そのメンバーで作品を見たりしましたが、その実験の動機から最後まで、細部まで注意して作っているなぁとおもいました。
『理科離れ、理科離れ...世の中では叫ばれつづけています。 今日の様子を見たところ、理科離れどころか全国には沢山の理科的考察力を十分に発揮できる人がいると感じられました。
では、どのような点で、その「『理科離れ』している人」と、「理科的考察力を十分に発揮できる人」との違いが生まれてしまうのでしょうか?
科学というのは、とても細分化されています。 でも、その細分化された科学の共通点というものを考えてみると、『見る』という力が必要になってくるのではないかと思いました。 観察したり、問題を見つめたりと... 同じ場所に、ずっといたりしていないといけないことです。 つまり、集中力が必要だということ。 科学をしていく上で・科学的思考をしていく上で...もっとも大切なのは『集中力』ではないかと。
確かに、そう考えてみると、今の人たちは何についても急ごうとして、たまに立ち止まったりして、じっくり物を考えてみたりします。 子供たちにおいても、ゲームや漫画などの集中力をさほど必要としていないことを好む傾向があるように思えます。
今日思ったことは、これからの日本は集中力をいかに養わせることができるかということが課題になっていくのではないでしょうか?
(今日は、急いで書いたため、いつも以上に読みにくい文章でご迷惑をおかけしました。)
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